工場の作業場、貨物ヤード、工事現場でよく見かける設備の一つが天井クレーン、つまりブリッジクレーンである。天井の軌道上を移動し、数トンに及ぶ鋼材コイルや構造物を吊り上げ、水平移動させ、指定位置に降ろす。重量物は必ずしも最後まで降ろされるとは限らず、着地地点の少し上方で宙に留め、位置合わせが完了してから降ろす場面も多い。
この宙吊りの瞬間、モーターが「休んでいる」と誤解されがちである。重量物は微動もせず、どこからも力が働いていないように見える。しかし重力のことを考えれば、数トンの物体が落下せず宙に留まっている以上、上向きに支える力が常に働き、重力とちょうど釣り合っているはずである。その力はモーターから生まれており、この時モーターはトルクを出力し続けている。ただしこのトルクは重量物に速度を生み出すのではなく、重力と釣り合う役割を果たしている。
つまり、モーターの回転数はほぼゼロだが、決して負荷がかかっていないわけではない。インバーターはどのように荷重を支えられていると判断するのか。この疑問に答えるには、まず巻上げ機構がどのような負荷であるかを理解する必要がある。
巻上げ機構の負荷は、ファンやポンプのような変トルク負荷とは異なる。ファン・ポンプの負荷トルクは概ね回転数に伴って変化するのに対し、巻上げ機構では重量物による重力トルクは速度がゼロになっても消滅しない。ドラムが停止しても、機械ブレーキが荷重を完全に受け持つまでは、モーターは荷重を保持するためトルクを出力し続ける必要がある。これが巻上げ機構の最も核心的な特徴である。
重力が常に作用するため、モーターと負荷の関係は作業サイクルの中で絶えず変化する。重量物を巻き上げる時、モーターは通常電動状態となり、直流母線からエネルギーを取り出す。一方、負荷に引っ張られて下降・減速・制動する際にはモーターは回生制動状態に入り、機械エネルギーが電気エネルギーへ変換され直流母線へ回り込む。制動抵抗器を使用する場合はこのエネルギーの多くが制動ユニットで消費され、エネルギー回生装置を搭載すれば電源系統へ戻すこともできる。どの動作モードになるかは下降速度、負荷の大きさ、モーターの状態、インバーターの制御方式、四象限装置の有無に左右される。
そのため同一の巻上げモーターは1回の動作サイクルの中で電動状態にも回生制動状態にもなり得る。モータートルクは運転方向や負荷状態に合わせて随時調整されるため、電流フィードバックは各種運転状態の変化を正確に反映できなければならず、単純に「上昇がプラス、下降がマイナス」と捉えてはいけない。
重量物を着地位置の上方まで吊り上げ、位置合わせのため空中で安定保持する場面である。ここで重要なのは、インバーターが単一の信号だけで「荷重を支えられている」と判断しているわけではない点だ。ゼロ回転付近においても速度・位置フィードバックから、ゼロ速状態、微小な速度変化、つり下がり(ブレーキ緩みによる落下)の兆候などの情報が得られる。ブレーキ状態のフィードバック、エンコーダ、制御アルゴリズムも判断に関与する。ただし速度信号だけではモーターが実際に出力しているトルクの大きさを直接知ることは難しい。ベクトル制御では電磁トルクは対応する電流成分と相関があるため、電流フィードバックはトルクに関する重要な情報源となる。回転数がほぼゼロでも流れ続けるこの電流から、インバーターは出力トルクが重力負荷に釣り合っているかを推測する。ただしこれは判断材料の一つに過ぎず、唯一の根拠ではない。
巻上げ機構には機械式ブレーキが標準で搭載されており、停止時にはバネの力でドラムを機械的にロックする。一般的なクレーン駆動制御では、先にモータートルクを立ち上げてから機械ブレーキを開放する。モーターが力を出す前にブレーキを緩めてしまうと、ブレーキが開いた瞬間重量物が落下する危険な「つり下がり」現象が発生する。逆に宙吊りから停止する際は、機械ブレーキが確実に荷重を受け持ってからモーターのトルクを徐々に弱める。インバーターの機械ブレーキのタイミング制御は機種によって方針が異なるが、この一連の制御において電流フィードバックはトルクが確立したかを判断する重要な入力情報となる。
重量物が重く、下降速度が速いほど直流母線に回り込むエネルギーが増大する。適切に処理しなければ母線電圧が過上昇するため、インバーターは制動ユニットまたは回生装置を協調動作させ、エネルギーを消費または系統へ回生する。このときモーターは回生制動状態となる。インバーターは下降速度を抑制し重量物の暴走加速を防ぐと同時に、制動経路を適切に起動させる。制動力不足や異常加速が起きると失速に至る恐れがあるため、電流と速度の早期変化から異常を速やかに検知する必要がある。
以上のように、宙吊り保持、ブレーキ開放、高負荷下降の各場面でトルク判定が不可欠であり、電流フィードバックはトルクに関する直接的な情報を提供する。ただし電流情報は速度信号、ブレーキ信号、エンコーダ、制御アルゴリズムと連携したシステム全体の一部であり、単独で全てを担うわけではない。
第一に、方向や運転状態の違いによるトルク変化を正確に反映できること。モーターは1サイクルの中で電動状態と回生制動状態を切り替え、トルクは運転方向と負荷に合わせて変動する。電流ゼロ付近に不感帯があったり、正負の測定特性が非対称であったり、微小信号の読み取りが不連続だったりすると、宙吊り時のトルクの大きさ・向き、ブレーキ開放時のトルク立ち上がり、回生制動時のエネルギー変化を正しく捉えられなくなる。閉ループゼロ磁束方式は補償巻線により磁心の動作点を常にゼロ磁束付近に保ち、磁化曲線の影響を受けにくい。これにより正負電流の測定とゼロクロス応答の対称性に優れ、電流変化を連続的に忠実に捉えることに適している。
第二に、ゼロ速・微小信号領域での測定精度とゼロ点安定性。宙吊り状態で注目するのはモーターがほとんど回転していない時に流れ続ける電流であるため、ゼロ点の温度安定性が強く求められる。温度によってゼロ点がドリフトすると、実際には安定して吊り上がっているにもかかわらず測定値が緩やかに変動し、インバーターが負荷変動と誤判定する可能性が生まれる。開ループ方式は磁心に磁束を持たせて動作するため、温度変化や大電流印加後にゼロ点が影響を受けやすい。閉ループ方式は磁心をゼロ磁束付近で動作させ、ヒステリシスや残留磁気といった磁気特性の悪影響を抑え、直線性とゼロ点安定性を高める効果がある。例えば芯森(CHIPSENSE)CR1A H00閉ループセンサーは精度±0.5%を実現しており、ゼロ速付近の微小電流を正確に読み取ることを目的の一つとしている。
第三に、十分な動的応答性能。ブレーキ開放、トルク立ち上がり、つり下がりや失速の兆候は短時間で発生する。なおシステム全体の保護応答速度はサンプリング周期、制御周期、アルゴリズム、アクチュエータに依存し、センサー単体で決まるものではない。しかしセンサー自身に十分な動的性能が備わっている必要がある。当該閉ループ製品の帯域幅は200kHzであり、高い帯域幅により電流の変化を高速に追従し、インバーターに動的な電流情報を供給する。
第四に、絶縁性能と主回路への損失追加がないこと。巻上げ主回路の電流は大きいため、電流検出のためにインピーダンスを直列に挿入するべきではない。挿入すると損失と発熱が生じ、頻繁な運転においてエネルギーの無駄や信頼性低下の原因となる。CR1A H00のような貫通型製品は主回路導体を測定窓に通す構造で、一次側と二次側は磁界結合のみで電気的に接触しない。主回路に損失部品を追加せず、強電側と制御側を確実に電気絶縁する。なおこれは当該機種の構造例であり、すべての閉ループセンサーが同じ貫通構造とは限らない。
巻上げ機構向け電流センサー選定には注意点がある:装置の定格動作電流だけでは電流の実態を把握できない。
定格電流、測定範囲、過負荷耐量、ピーク電流、出力範囲などの用語の定義は、製品仕様書の記載を優先すべきであり、本稿で独自に定義しない。例えばCR1Aの100A仕様では、定格値100Aに対し測定範囲は±200Aと仕様上記載されており、この二つの数値は本来異なる意味を持つ。そのため選定時は装置の公称動作電流だけを見るのではなく、センサーの測定範囲、過負荷耐量、実際の電流波形のピーク値を併せて確認しなければならない。巻上げ機構は起動、加速、制動、機械的な引っかかりなどの状況で過渡的な大電流が発生するため、瞬時ピークを定格連続電流から単純に見積もってはいけない。
一方で測定レンジを大きくしすぎるのもよくない。レンジが過大だと通常運転時の電流が測定範囲のごく一部しか使われず、宙吊り時の微小電流の分解能が損なわれる。適切な選定方法は、連続通電電流、実波形のピーク、制動方式を踏まえ、仕様書に記載の定格値、測定範囲、過負荷条件を総合的に検討することで、単一の公称数値だけで機種を決めてはならない。
本稿の論理は以下の通りである:巻上げ機構は速度がゼロになってもトルクが必要な重力負荷の特性を持ち、トルク制御には電流フィードバックが不可欠。このフィードバックを正しく実現するには、各運転状態を反映でき、ゼロ点が安定し、動的追従性があり主回路絶縁を確保できる電流測定が求められる。閉ループゼロ磁束型ホールセンサーはこれらの要件をまとめて満たせる選択肢の一つであり、上記製品はその具体例に過ぎない。クレーン専用部品ではなく唯一の解でもない。採用の可否は電力クラス、制御アーキテクチャ、コストを総合的に考慮して判断する。
システム全体の中で電流センサーの役割は限定的である。センサーはモーター電流を忠実・高速・安定的に測定しインバーターに渡すだけであり、吊り荷の安全性を判断したり、吊上可否を決定したりはしない。これらの判断と動作はインバーター制御ロジック、荷重制限器、巻上げ高さリミットスイッチ、オペレーター、安全規程が担う。機械ブレーキは独立した安全装置であり、停電時でもバネ力によりドラムをロックする。センサーはこれらの判断に信頼できる電流情報を提供するが、いずれの安全手段の代替にはならない。
作業現場の一見静かな光景に立ち返ろう。数トンの構造物が宙に静止していても、モーターはゼロ回転のまま重力と釣り合うトルクを出力し続けている。インバーターがこの状態を把握できるのは、速度、ブレーキ、エンコーダ、アルゴリズムが協調動作し、電流フィードバックがトルクに関する直接的な情報を提供するからである。この電流を確実に測定することで、重量物が宙に保持される目に見えない力を確実に制御下に置くことができる。